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Issue.02
ヒマラヤキャンプ /『本物の経験、本物の決断』 

若手登山家のヒマラヤ未踏峰登山への挑戦を後押しし、日本の登山文化を後世へとつないでいく「ヒマラヤキャンプ」。
発起人である登山家・花谷泰広の、ヒマラヤという本物の舞台を伝え次の世代へつなぎ続けることへの想い。
そして 2023 年隊の3人の、挑戦と経験、決断を振り返る。

花谷泰広 (はなたにやすひろ)

兵庫県出身47歳 1996年にネパールのラトナチュリ峰に初登頂して以来、世界各地で登山を実践。2012年のキャシャール峰(ネパール)南ピラー初登攀で、ピオレドール賞を受賞。2015年、若手登山家養成プロジェクト「ヒマラヤキャンプ」を立ち上げる。2016年に株式会社ファーストアッセントを設立し、山梨県北杜市と長野県伊那市の山小屋を含む3つの公共施設を運営。2022年には登山道保全を目的とした一般社団法人北杜山守隊を設立。

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金子貴裕(かねこたかひろ)

栃木県出身 35 歳  栃木県にある日光国立公園で奥日光の大自然に囲まれながらフィールド整備の仕事に携わりつつ、日光や那須エリアを中心に登山ガイドとして活動。公募隊でアラスカのデナリに登った際、今までにない達成感を感じ「次は自分の力で登りたい」「あの達成感が未踏峰だったらどんな感じなんだろう」と思い、2019 年秋にヒマラヤキャンプ加入を決意。 

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寺田サキ(てらださき)

東京都出身 34 歳 東京で生まれ育つもコロナ禍がきっかけとなり、大好きな猫と共と長野県八ヶ岳の麓に移住 。登山を始めた 20 代前半の頃、初めて海外の山に登りに行ったフランスのシャモニで、崖を登っている、カッコいい女性クライマーを見かけ、道では無い場所でも山に登れるんだ!という事に気づき、クライミングを始める。今後の活動について何年か模索していた頃、「ヒマラヤ未踏峰」のメンバー募集が目に留まり、2018 年の冬にヒマラヤキャンプに加入。

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石川貴大(いしかわたかひろ)

静岡県出身 34 歳  普段は山岳撮影、山岳歩荷、登山ガイド、リバーガイド、焼杉職人などの仕事に従事。2019 年に2020 年遠征隊としてヒマラヤキャンプに加入も、コロナ禍で遠征が中止に。それからの3 年間で山岳撮影歩荷という仕事に出会う。ヒマラヤキャンプを通じてヒマラヤの未踏峰に挑み、それを映像で残し表現したいという想いから、2023 年隊として再び参加を決める。 今回はプレーヤー兼カメラマンとして、遠征中の写真と映像の撮影を担当。

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「いやあ、いい登山だったと思いますよ」 
2023 年隊の帰国後、その遠征の後半を日本で見届けた花谷は、3人の挑戦をそう評した。 
2015 年に花谷が立ち上げ、2019 年から日本山岳会の 120 周年記念事業の一つとなったヒマラヤキャンプ。 ヒマラヤや海外登山の未経験者、あるいは経験が浅い 20~30 代を対象に公募。約1年間かけて、ミーティング やトレーニング山行を重ねチーム作り、ヒマラヤ 6000m 級の未踏峰を目指す。
 2023 年隊のヒマラヤ未踏峰への挑戦からおよそ 3 ヶ月。花谷と金子、寺田、石川の 4 人は穏やかな表情でヒマラヤでの日々を語り合った。

ヒマラヤキャンプの 3 つの目的 

〈花谷さんがヒマラヤキャンプを始められた理由を教えてください〉

花谷:目的は大きく3 つあります。 
1つ目はヒマラヤの未踏峰に挑戦するという純粋で大きな目的。 
2つ目はヒマラヤに行くだけでなく、20-30 代のヒマラヤ登山を志す若い人たちの横のつながり、コミュニティを作ること。 そして3つ目は、金銭的にも、物理的にもヒマラヤに行きやすい状態を作ること。最初の機会は、できるだけバックアップをつけた状態で「まずはとにかく行ってみろ」と。 

その結果、ヒマラヤに挑戦する次の世代を育てていきたいと思っています。

〈それはご自身の経験も影響していますか? 〉

花谷:そうですね。自分も20代の頃、バックアップを受けながら最初のヒマラヤ登山を経験できて、それが今につながっています。 

ヒマラヤの未踏峰に向き合う時間はかけがいのないものです。もちろん将来的に山にまつわる仕事を続け、山の世界で生きていってほしいけれど、山に関係のない瞬間でも、その経験は役に立つ。自分もそうでした。人生のありとあらゆるところで、ヒマラヤキャンプの経験を活かしてもらえればと思っています。

2020、21 年はコロナの影響で遠征が中止。 
22 年に遠征が再開し、23 年では 3 人のメンバーがヒマラヤ を目指すことに

金子:2018 年にヒマラヤキャンプに加入した寺田と、2019 年に加入した私が、まずは 23 年隊として決まりました。そこに 19 年に加入した石川が 22 年から合流し、ヒマラヤを目指し準備を進めました。 

花谷:23 年隊は、これまでで一番密に事前のコミュニケーションを取れたメンバーだったんじゃないかな。コロナ禍も準備に充てられた。今までは 1 年で準備して、作り込んで、でしたから。今回は同世代の対等な 3 人でいい関係性を作り上げてくれました。 

〈挑むヒマラヤの未踏峰はすぐに決まったのですか? 〉

金子:それが色々あったんです笑

まず私と寺田がヒマラヤの未踏峰リストを見ながら、Google アースに落とし込み、山の形や地形を見ていきました。 

寺田:「ここは登れそうだね」とか相談しながら。やっぱり「どうせならかっこいい山に登ろう!」と話していました。 

金子:しかし遠征出発の約半年前、現地のエージェントから連絡があり、当初予定していた山への登山を断られました。現地の宗教の信仰が理由でした。登山計画書もできていたのに、本当に直前でひっくり返ってしまった。 そこからもう一度探し始め、’歩き’と、’登攀・クライミング’、要素の異なる二つの未踏峰、シャルプーⅥ峰 (6,076m)とサトピーク(6,164m)をターゲットに決めました。 

2023 年 10 月 2 日に日本を立ち、カトマンズからヒマラヤへ。
高度順応を行いながら、およそ2週間後、行動拠点となるベースキャンプを設営。
シャルプーⅥのアタックに向けた偵察を開始する。
しかし、まだ誰も足を踏み入れたことのない場所では、思わぬ展開が待っていた。

〈当初の計画通りにはいかなかったんですか?〉 

寺田:シャルプーⅥ登頂に向け 3 つのルートを想定していましたが、全てだめ。 

氷河がつながっていない。雪のコンディションが悪い。携帯や PC の画面で見るだけでは気が付かない状況がありました。そこで、約 6000m の前衛峰を超えていく第 4 のルートを選択しました。

しかし 10 月 27 日、花谷さんがスケジュールの都合で一足早く帰国の途に。  

その後、我々3 人はベースキャンプで今後のプランを練り直し、2つ目のターゲットにしていたサトピークへのサミットプッシュを見送り、目の前のシャルプーⅥの登頂に専念することを決断しました。 

日程や装備の面、そしてサトピークへの道が崩れているという情報もありました。シャルプーⅥに集中しようと決め、山頂が近づいている方を選んだのです。

〈花谷さんはこの決断に全く加わらなかった? 〉

花谷:そうです。そこにもし僕がいたら、その意見に引っ張られてしまう。まっさらな状態で 3 人がジャッジしました。 

ヒマラヤ、特に未踏峰は情報がないんです。だから現地に行って、この目で見て「計画、ダメじゃん」もある。常に決断との向き合いなんです。 

石川:国内の登山でする判断とはまた違ったものがありました。自分がわかっている範囲内の判断ではなく、自分が全く知らない領域のなかで判断をする。 

普段なら行けると判断していたかもしれません。でも標高の高いヒマラヤでは、無理をしていることになるかもしれない。色々なことを考えました。葛藤もありました。だから 3 人で常に話し合いをしました。 

シャルプーⅥに専念することは、日程を考慮した上で初めは金子さんと私の会話のなかで出てきたアイデアでした。でもクライミング要素の多いサトピークを削ることを、クライミングが好きな寺田さんがどう思うか・・・正直伝えることに勇気がいりました。 

寺田:めちゃくちゃ恐る恐る私のテントに来て、話を切り出したんですよ笑 もちろん残念な気持ちもありました が、前衛峰への挑戦の中でやりたいことができている感覚もありました。無理に2座を追い求めるより、「絶対にその方がいいよ!」と伝えました。

11 月 12 日、前衛峰を越えながらのシャルプーⅥにサミットプッシュを開始する。
3 人は前衛峰を越えたが約 6000m 地点で氷河が繋がっていないことが判明。
迂回するルートをとるには時間が足りず、シャルプーⅥの登頂を断念することを決めた。 

金子: 時間切れが1番の理由でした。体力的な部分でも、あれ以上スピードは出せなかった。スピードを重視し、ギアを削って軽量化していましたが、これ以上無理に進んだところで安全にキャンプに戻れるのか、と。3 人で話し 合い、決断を下しました。下山中、夕陽に照らされた前衛峰の光景は忘れられません。

シャルプーⅥへの専念、そして登頂の断念。
初めてのヒマラヤ登山で、3 人は 2 つの大きな決断を下したことになる。
この決断の価値とは。 

〈とても難しい決断だったのでは? 〉

寺田:隊として判断、決断しなければいけないのは初めての経験でした。普段から一緒に山を登るパートナーとの登山とは違う。 

たくさんの後押しも受けながら、ヒマラヤキャンプとして、隊として登っているので、安全に帰らないといけない。 無謀なチャレンジにならないように、一歩手前で、と言う判断でした。 

花谷:個人の登山でも超えてはいけない一線はもちろんあります。ただ、人数が増えることで、背負うものができることで、判断の範囲が変わるんです。 

何度もヒマラヤに行き、何度も未踏峰に挑戦している僕と彼らでは、判断するハードルが違う。彼らは一つの判断にもの凄く大きなエネルギーを使う。登山の成功、失敗以上に、今回はそれができたことに大きな意味と価値があったと思います。 

石川:花谷さんの言う通り、判断に使う労力の大きさは感じました。

これまではそういった判断を迫られる場面はあまりなかった。

日本ではどんな山でも情報が少しはある。ある程度、こうだろうと予想できているなかで登山するが、それがなんの情報もないなかで、考えて、考えて挑んでいく。それはヒマラヤならではの経験でした。 登山中だけでなく、遠征中は常に判断が必要でした。 

だからこそ、知らないエリアに入る時は、普段から愛用している信頼できる装備を使うことがとても大切だと痛感しました。 

寺田:確かにそうだと思います。普段からクライミングシューズをはじめ、様々なシーンで履いている LA SPORTIVAは絶対的な安心感がありました。意識しなくても守ってくれている感覚でした。

金子:今回高所で着用した G2 EVO は、軽さと保温性に優れていて、何より僕の足形に合っていました。

寺田:私は汗っかきで凍傷になりやすいので末端の保温が大切。その点も安心感がありましたね。

石川:僕はカメラを持って動き回るので、いつも足元を気にできる訳ではないんです。 日本だと、登山道の端を歩いているだけなのでなんとかなりますが、ヒマラヤの未踏峰は誰も歩いていないので 道も安定していない。今回は氷河手前までのアプローチではトランゴタワーを履いていましたが、その中でも安定感、安心感があり、どんどんシャッターを切れました。 

花谷:まず足型は合っていることが大前提。その上で、いい靴を履くと、山登りは変わる。 一番変わる要素はやはり靴です。そこに安心、快適が加わると自分の力を引き出してくれることにつながります。

全身で感じた本物のヒマラヤ、次の挑戦者につないでいくべきこと 

〈今回の遠征中、「本物」を感じた瞬間はありましたか? 〉

寺田:私たちは 3 人共、初めてのネパールでした。キャラバン中の風景、カトマンズの街の空気、多くの先輩たちが挑んできたネパールやヒマラヤの光景。想像していたものを五感で感じることができ、本物のネパール文化に触れられている感覚はありました。 

体調が悪くなったときは、何が原因かわからないから調べたい、でも電波の問題もあって調べられない。その時も 「私、ヒマラヤにいるわ!」と痛感しましたね。 

今回は悔しい思いもしたので、ヒマラヤはまた戻ってこないといけない場所になりました。 日本でできないことはヒマラヤではできないとわかりましたが、ヒマラヤでしかできないこともたくさんありまし た。行ってみないとわからないことばかり。自分の足で行ってみて、それを知れたことは貴重な経験でした。もう少し強くなって、今度はヒマラヤの壁に挑みたいです。 

そして次の隊は女性が 2 人、リーダーも女性です。同じ女性として伝えられることもあると思います。どんどん女 性にもヒマラヤの山を登ってもらって、今後は女性だけでの挑戦もしていきたいんです。2024 年隊はもちろん応援しているし、それ以外でも今後も繋がっていければと思います。

金子:嬉しさ、悔しさ、苦しさ、色々な感情がありました。何より 30 日間も山と向き合ったのは初めて。とても濃い時間でした。 

改めて、国内でできないことは海外でできない。登山家としての基礎値を上げていくことが大切だと、ヒマラヤに教えてもらいました。

石川:ヒマラヤはとにかくワクワクする場所でした。撮ることがずっと楽しかった。

今まで写真でイメージしてきた景色が「そのままある」という感じ。これがヒマラヤか、と。 どんどん奥に行けば行くほど「すごいな」という感覚が強くなりました。

登らない時間も、ベースキャンプで動かなくても、それだけで楽しい。夜も極寒の中、テントから出て星空を撮影していました。レンズ越しにも明らかに空気が違う。純粋に山に浸っている感覚を味わうことができました。 

そして、ヒマラヤ登山はキャラバンから始まり、クライミングから高所登山まで。登山の AtoZ を全て経験します。 日本にいる間に登山をたくさんすることは、ヒマラヤでも活きてくると思います。 日本で楽しみながらたくさん山に登って、その成果をヒマラヤで出していって欲しいです。 

花谷:ヒマラヤの未踏峰はまさに真剣勝負です。ごまかしが全く効かない。それに向き合って、受け止めて、そして色々な決断を下しながら、前に行くのか、戻るのか、全てを決めていきます。

それこそが「本物」だと思います。それを経験して欲しかった。

ヒマラヤにももっと色々な山があります。

人がたくさんいて、サポートも手厚い。頂上まで登ること、ヒマラヤのピークに立つことが目的であれば、いくらでもそんな山はある。でもヒマラヤの「未踏峰」は違います。 

ヒマラヤの 6000m の山に登れた、よかったね、そうではない経験をしてほしい。 

そして、その経験を財産として、次の世代に繋いでもらう。

それこそが、このヒマラヤキャンプの持つ本当の意味だと思います。

対談場所:日本用品株式会社「ARCO BASE」
撮影:石川貴大(一部:花谷、金子)